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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)6787号 判決 1975年3月31日

原告 中里吉孝

右訴訟代理人弁護士 矢野義宏

被告 芝本産業株式会社

右代表者代表取締役 芝本龍平

右訴訟代理人弁護士 石川泰三

同 大矢勝美

同 小室恒

主文

一  被告は原告に対し別紙物件目録記載の土地を明渡せ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨の判決および仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、被告に対し、昭和三八年三月一日、原告所有の別紙物件目録記載の土地(以下、本件土地という。)を他の五筆の土地と共に左の約定で賃貸し、引渡した。

(一) 期間 二〇年

(二) 賃料 月額坪当り二〇円(その後増額され、昭和四一年六月一日より月額坪当り六〇円)

(三) 使用目的 被告の社宅、工場敷地等非堅固建物所有

(四) 特約 左に掲げる事由があるときは、原告は、直ちに本件賃貸借契約を解除することができる。

(1) 賃貸物件を第三者に転貸したとき

(2) 使用目的に違反したとき

(3) 一ヶ月以上賃貸物件を使用しないとき

2(一)  被告は、本件賃貸借契約の後、八年余もの間本件土地を使用しなかった。

(二)  被告は、昭和四六年暮頃から原告に無断で本件土地を有料駐車場として特定された多数の第三者に転貸し、使用させている。

(三)  被告は、昭和四六年暮頃、本件土地の使用目的に違反して、本件土地に囲いを作り、車両の出入りに都合の良いようにコンクリート道路敷を敷設して駐車場となした。

3  原被告間の信頼関係は、被告の前記債務不履行により決定的に破壊されている。

4  原告は、昭和四七年七月八日被告に到達した内容証明郵便で、本件土地の賃貸借契約解除の意思表示をした。

5  仮に、右契約解除の主張が認められないとしても、次のような事情があるので、原告は、信義則ないし事情変更の原則に基づき、昭和四七年一二月一八日の本件口頭弁論期日において、本件土地の賃貸借契約解除の意思表示をした。

(一) 現今における宅地の利用は、極度の宅地不足、宅地価格高騰の事情から最有効利用が図られて然るべきであるのに、被告は、本件土地を宅地として利用する計画を持っていない。

(二) 被告は、本件土地につき月額六、三〇〇円(坪当り六〇円で一〇五坪)という非常に低廉な地代を支払うのみで、月額一台四、五〇〇円の賃貸料で数十台分の収益をあげており、その不均衡は甚しい。

(三) 被告は、本件土地がなくても、本件土地の隣にある被告所有地のみで立派に駐車場としての機能を保ちうるのであって、本件土地に固執する合理的理由がない。

(四) 原告は、東京都の道路整備計画に基づく道路拡幅用地として本件土地に隣接する原告所有建物の敷地が大幅に収用される計画があるので、本件土地を自己使用する必要に迫られている。

6  よって、原告は、被告に対し、賃貸借終了を理由として本件土地の明渡を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項の事実のうち、原被告間に本件土地他五筆の土地につき賃貸借契約が成立し、被告が本件土地の引渡しを受けた事実、期間、賃料、無断転貸に関する特約について原告主張のとおりの約定をした事実は認め、その余の事実は否認する。契約成立日は、昭和四一年五月頃であり、使用目的は「被告の業務の為に社宅、工場敷地等を目的とする敷地として現況のままこれを使用する」ことである。被告は、右使用目的の約定どおり、本件土地を自己の業務の為に賃借した当時の現況のまま使用してきている。

2  同第2項の事実はすべて否認する。被告は本件土地を、隣接の被告所有地上にある駐車場の通路として使用しているのみである。

3  同第3項の事実は否認する。

4  同第4項の事実は認める。

5  同第5項の事実のうち、原告がその主張の日時に本件土地の賃貸借契約解除の意思表示をした事実は認めるが、その余は否認する。

三  抗弁

仮に、用法違反があったとしても、

1  被告が本件土地を現在のような状況にしたのは昭和四五年一一月からであるが、原告は、本件土地の隣地に事務所を持っているのであるから、そのころ当然この事実を知ったにもかかわらず、これに対し何等の異議を述べずに、その後も本件土地の地代を受領している。したがって、原告は、被告が本件土地を現在のような状況で使用することにつき黙示の承諾をしたものである。

2  被告は、本件紛争後は本件土地を駐車場として使用していないから、原告の無催告の解除は権利の濫用で無効である。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実はすべて否認する。

第三証拠≪省略≫

理由

一1  原告が、被告に対し、本件土地を他の五筆の土地と共に、期間二〇年、賃料月額坪当り二〇円(その後、増額され、昭和四一年六月一日より月額坪当り六〇円)、被告が賃貸物件を第三者に転貸したときは原告は直ちに本件賃貸借契約を解除することができる旨の約定で賃貸し、引渡した事実については当事者間に争いがない。

2  ≪証拠省略≫によれば、本件賃貸借契約には、本件土地の使用目的について「被告の業務の為に社宅、工場敷地等を目的とする敷地として使用する」こととする約定があったこと、ならびに被告が使用目的に違反したとき、および特別の事由なく一ヶ月以上本件土地を使用しないときは、原告は直ちに本件賃貸借契約を解除することができる旨の特約があったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二1  そこで、まず、不使用の点につき検討する。

≪証拠省略≫によれば、被告が、昭和四一年五月頃から昭和四五年一一月まで、本件土地を全く使用しなかった事実を認めることができるけれども、≪証拠省略≫によれば、本件賃貸借契約は、従来原告が被告との間で本件土地を含む総面積一、〇五〇坪の土地を目的物として締結していた賃貸借契約の更新をめぐって昭和三八年頃から原被告間に生じた紛争につき折衝を重ねた末、双方の互譲により、昭和四一年五月頃、本件土地の北西側の土地六四坪を被告から原告に返還し、残りの土地についての賃貸借契約を昭和三八年三月一日から更新することを合意して解決した結果成立したものであること、その際、本件土地と返還土地とにまたがって被告の社宅が建っていたので、それを取りこわして更地にしたこと、その結果として、本件土地は、引続き被告の社宅三棟の敷地として使用されることとなった残りの土地と共に、本件土地限りで見れば更地のままで、賃貸借契約の目的物となったこと、ならびに本件賃貸借契約には無断増改築禁止の約定があったことが各認められ、これらの事実を総合すると、本件土地に関しては、かかる不使用の状態は昭和四一年五月頃の賃貸借契約更新の合意の当初から当然予想されていたところであって、原告もそれを承認していたものであることが認められる。したがって、原告は、被告において本件土地の使用権を放棄したものと認められるような特段の事情が新たに生じない限り、被告が従前どおりの状況のまま本件土地を放置していることのみをもっては、賃貸借契約上定められた解除原因に該るものとすることはできない。

2  次に、無断転貸の点につき検討する。

≪証拠省略≫によれば、本件土地自体が駐車場となったか駐車場の通路であったかはともかくとして(この点については後で認定する。)、被告が一時的にもせよ、有料駐車場として本件土地を第三者に利用させたことのあることが認められる。しかしながら、≪証拠省略≫によれば、右は、被告の依頼を受けた大楽利雄が有料駐車場の管理人として本件土地上の適当な場所に一時第三者の車両を駐車させていたにすぎないものであることが認められ、右事実からすれば、本件土地は被告が大楽利雄を通じて包括的に支配していたもので、第三者は本件土地を排他的に支配して独立の占有を有していたわけではないと認められる。したがって、被告が本件土地を第三者に駐車場として利用させたことは、土地の転貸にはあたらないというべく、他に被告が本件土地を無断転貸したという事実を認めるに足りる証拠はない。

3  次に、用法違反の点につき検討する。

≪証拠省略≫によれば、本件土地は、昭和四五年一一月頃以来、従前から本件土地と共に賃貸借契約の目的物となっている他の土地とは柵などで仕切られ、明確に区別されていること、そして本件土地には、車両の出入りに都合の良いようにコンクリート敷の道路が敷設されており、それが本件土地の南隣にある被告所有地上の駐車場と何の仕切もなく続いていることおよび被告は本件土地の一隅に設置された水道を利用して本件土地の一部を駐車場の洗車場として使用していることが各認められ、右認定を覆すに足りる証拠はなく、右事実に前認定の被告が本件土地を一時的にもせよ第三者に駐車場として利用させたという事実を総合すると、本件土地は、被告所有地と一体となって駐車場として使用されているものと認められる。

ところで、本件賃貸借契約において、本件土地の使用目的につき「被告の業務の為に社宅、工場敷地等を目的とする敷地として使用する」こととする約定のあったことは、前認定のとおりである。そうして、前認定の本件賃貸借契約成立の経緯に、≪証拠省略≫により認められるところの、本件賃貸借成立の頃、本件土地を含む従前の賃借地が被告の社宅の敷地として使用されていた事実を総合すれば、右使用目的の約定は、被告の業務遂行の用に供される建物所有を目的とする趣旨であることが認められる。被告は、右約定の「被告の業務の為の社宅、工場敷地等」との文言を理由として、被告の業務の為であれば建物所有に限られるものではなく、駐車場の経営も含まれるとする旨の主張をするけれども、右認定事実のほか、≪証拠省略≫によれば右約定当時には被告は未だ駐車場の経営をしてはいなかった事実が認められることに徴すると、被告の右主張を採用することはできない。

そうすると、被告が本件土地のみを従前からの他の賃借地と切離して被告所有地と一体となった駐車場として使用していることは、本件賃貸借契約当時予定していた本来の使用目的とは全く異なった使用であるといわなければならず、被告に、本件土地につき用法違反のあることは明らかである。

被告は、被告が本件土地を現況のように使用することについて原告が異議も述べず地代も受領していたことをもって、黙示の承諾をしたものと主張し、原告本人尋問の結果によれば、原告は遅くとも昭和四六年中に本件土地の使用状況を外形的には認識していたものと認められるけれども、同じく右本人尋問の結果によれば、原告からの異議が遅れたのは原告において現実に本件土地上に第三者の車両が駐車されている事実を確認する等被告の違反状況を的確に把握した上でしようとしたためであること、また地代は他の賃借地の分と合わせて原告の銀行口座に振込まれていたものであることがそれぞれ認められることに照らすと、被告主張の事実のみによって直ちに黙示の承諾を推定することはできず、他に被告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。

三  原告が、昭和四七年七月八日被告到達の内容証明郵便で、被告の義務違反を理由として本件土地の賃貸借契約解除の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

四  そこで、右賃貸借契約解除の意思表示の効力について判断するに、前認定のように、本件土地は、右土地を含む一、〇五〇坪の土地に関する賃貸借契約の更新をめぐる紛争を経た挙句、双方の互譲の結果、六四坪の土地を被告から返還した上で、残地につき被告の業務遂行の用に供されるべき建物所有を目的として更新の合意に到達した土地の一部であって、原告本人尋問の結果によると当時原告は賃貸土地全部の返還を強く要求していたことが認められるのであるから、右更新の合意成立後においても、被告において新たに社宅や倉庫等その業務上必要とされる建物を新築して賃貸借の目的を達するための土地の合理的利用を図ろうとするのであれば格別(その場合でも、前認定のように無断増改築禁止の特約があるから、原則として原告の承諾を要する。)、その目論見も必要もなくなったような場合には、原告においてその部分の返還を期待するのも無理からぬものといいうべきところ、≪証拠省略≫によれば、被告は原告に対し、本件賃貸借契約更新の合意成立後一度も本件土地上に新たに建物を建築することについての承諾を求めたことはなく、かえって、突如、原告に無断で、前叙のとおり、本件土地を建物所有のための賃借部分とは切離し、契約更新当時には予想もされなかった駐車場の一部にして営利の手段に供するに至ったものであることが認められる(しかも、前掲各証拠および検証の結果によれば、本件土地を使用しなくとも被告の所有する隣接地上の駐車場の経営は十分に可能であると認められる)のであるから、少なくとも本件土地部分に限っていえば、賃貸借の基礎をなす当事者間の信頼関係を破壊する重大な不信行為があったものとして、これを理由とする契約解除の効果が認められるべきである。検証の結果によれば、本件土地上にはコンクリート敷の道路、洗車場および他の土地との仕切の柵が設置されているのみで、原状回復が必ずしも困難ではないことが認められるけれども、このことは、被告が本件土地を前認定のような使用状況下におくことによって、これを契約で定められた目的に従って使用する意思のもはや存しないことを明らかにしている以上、前叙の判断を左右すべき事情とはなし難い。したがって、原告が被告に対してした本件賃貸借契約解除の意思表示は有効であるということができる。

被告は、本件紛争後は、本件土地を駐車場として使用することを全くしていないのであるから、原告が無催告で解除することは権利の濫用である旨主張するが、被告が本件紛争後も本件土地を駐車場の用地として使用継続していること、そして前認定の経緯から原被告間の信頼関係がすでに破壊されていることは、前叙のとおりであるから、被告の右主張は到底採用することができない。

五  したがって、原告のその余の主張につき判断するまでもなく、原告の被告に対する本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、仮執行宣言の申立については相当でないからこれを許さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横山長 裁判官 山本矩夫 裁判官一宮なほみは当裁判所裁判官の職務代行を解かれたため署名捺印することができない。裁判長裁判官 横山長)

<以下省略>

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